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2015/10/12

南京大虐殺の再検証に関する質問主意書(河村たかし-小泉内閣時)


平成十八年六月十三日提出
質問第三三五号

いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書 提出者  河村たかし



衆議院議員河村たかし君提出いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問に対する答弁書

平成十八年六月二十二日受領
答弁第三三五号

  内閣衆質一六四第三三五号
  平成十八年六月二十二日
内閣総理大臣 小泉純一郎

       衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員河村たかし君提出いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

経過へ | 




いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書


 歩兵第一〇一旅団指令部伍長であった私の亡父、河村鈊男(かねお)は、昭和二〇年八月一六日に武装解除されていた南京に到着し、南京市郊外の棲霞寺に翌二一年の一月まで滞在、同年三月に帰国した。同寺には司令部の約二五〇人が滞在していたが、彼の地で大変手厚く遇され、生き永らえることが出来たと感謝していた。
 そこで、戦後五〇年となる一〇年前、当時の戦友たちは、当時の南京市民のもてなしへの感謝の気持ちとして、寄付金を募り、南京市に一千本の桜を寄付し、体調の悪い父に代わり母が訪中した。その母も昨年一〇月亡くなった。
 彼の地において大虐殺が行われていたのであれば、そのわずか八年後にこのような心温まる交流が実在しえるとは思えない。そこで、いわゆる南京大虐殺事件について再検証すべきではないかと思うに至った。


 植樹一〇年目の今年、私も三名の元日本兵とともに南京市を訪れ、改めて感謝の思いを伝えてきたが、同時に南京事件記念館も訪問した。このように深いご縁のある者として、正しい相互理解をふまえた真の日中友好を促進したいとの思いから以下の通り質問する。

一 日本政府の南京大虐殺に関する正式見解は聞いたことが無い、という石原慎太郎東京都知事の批判に答えて、沼田外務報道官は平成一一年五月一四日の記者会見で、南京大虐殺については「非戦闘員の殺害あるいは略奪行為があったことは否定できない事実」(平成一一年五月一五日付け朝日新聞)と述べた。
 また、子供たちが学ぶ歴史教科書を見ると、ほとんどの教科書が南京虐殺を記載しており、教科書によっては二〇万人虐殺という記述もあるが、これらは、当然日本政府の見解とみなされるが、そう理解してよいか。


一について
 千九百三十七年の旧日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている。
 また、歴史教科書の検定は、国が特定の歴史認識や歴史事実を確定するという立場に立って行うものではなく、学習指導要領や教科用図書検定基準に基づき、検定の時点における学説状況等に照らして、記述の欠陥を指摘することを基本として実施している。



二 今日までの間に研究が進み、新たな史料が発掘されている。例えば、先月、亜細亜大学の東中野修道教授が出された『南京事件 - 国民党極秘文書から読み解く』は、戦争相手国であった中国国民党政府の中央宣伝部の極秘文書をもとに南京事件を解明している。


 同書には、これまで長い間南京大虐殺の動かぬ証拠と見なされてきた市民虐殺の告発本、ティンパーリ編『戦争とは何か』は、国民党中央宣伝部の制作した宣伝本だったことが、国民党の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝工作概況』の中に明記されていること、また、極秘文書の『中央宣伝部国際宣伝工作概況』(一九四一年)によれば、戦争相手国だった中国国民党政府は日本軍の市民虐殺と捕虜虐殺を指摘すらしておらず、むしろ否定していることが示されている。

 さらに、毎日のように開かれていた国民党中央宣伝部の記者会見でも南京大虐殺は話題にすら上っておらず、従って、アメリカ合衆国政府はもとより、国民党中央宣伝部でさえ南京大虐殺を極秘文書のなかで非難していないことが示され、そもそも、南京大虐殺の源流となったのは、虚偽の新聞報道であり、戦争プロパガンダ本のティンパーリ編『戦争とは何か』であったと喝破されている。
 このような新たな研究成果を、政府は把握し歴史の再検証作業を行っているか否か。



三 それにもかかわらず「非戦闘員の殺害は否定できない事実」という政府見解や、日本軍は市民や捕虜を殺害して国際的な非難を浴びたという教科書記述はいったい何を根拠としているのか。市民虐殺と捕虜虐殺があったと明確に記載されている、南京陥落当時の、既に検証された記録をご教示いただきたい。


二、三及び五について
 御指摘の「事件」については、御指摘の「新たな研究成果」を含め、種々の議論があることは承知している。お尋ねの「既に検証された記録」が何を意味するのか必ずしも明らかでないが、これまで公になっている文献等から総合的に判断すれば、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている。
 また、歴史教科書の検定は、国が特定の歴史認識や歴史事実を確定するという立場に立って行うものではなく、学習指導要領や教科用図書検定基準に基づき、検定の時点における学説状況等に照らして、記述の欠陥を指摘することを基本として実施している。

四 旧日本軍兵士の聞き取り調査等により、南京大虐殺を行ったという証言を得たことはあるか。また、南京市民において、親族が虐殺されたといった類の証言ないし証言録を政府は取得したことがあるか。

四について
 お尋ねの「証言録」が何を意味するのか必ずしも明らかでないが、外務省として、御指摘のような当時の関係者に対して直接聞き取り調査を実施したことは確認されていない。
五 政府見解は再考の余地が無いと考えるか否か。

前項回答参照
六 前述の東中野教授の著書、『南京事件「証拠写真」を検証する』では、南京大虐殺の証拠写真として通用するものは一枚も無かったとの研究成果がまとめられているが、中国政府は南京事件記念館にそれらの写真を展示している。そのことに対して日本政府はどのように考えているのか。またどのように対処しているのかご教示いただきたい。
六について
 御指摘の「記念館」において展示されている写真については、「記念館」に対し、写真パネルで用いられている写真の中に、事実関係に強い疑義が提起されているものが含まれている旨を指摘している。
七 南京事件記念館を利用した反日感情増大政策は、日中友好に対する重大な悪影響をもたらすと考えるが、日本政府としてはこの悪影響を取り除くべきと考えるが、どのような努力をしているのか。
七について
 中国における日中関係についての歴史に関する教育は、中国の若い世代の対日観の形成に影響を及ぼし得るものであり、政府としても、様々な形での情報の収集・分析を通じ、その実態の把握に努めている。また、外務大臣より中国の要人に対して、多くの子供が訪れる「記念館」等の展示物の内容が日中友好に資するものかどうかについて日本の国会においても議論になっていること等の指摘を行い、中国の歴史教育等の在り方について、その改善を提起している。

2015/01/30

2015-01-30  カルトテロ集団 ISIL人質事件 の2

前回はNHKと外務省の関係についてはちょっと伏せ気味にして書いたが、「後藤健二 NHK 外務省」 で検索するとその手の記事が一杯になっている。

んじゃもう、こう言うキテレツな事を言ってもいいのかなと思う。

日本版NSCの実働メンバーってのは、最初はこの辺の人材(海外に関係を持つフリーのジャーナリスト)から採用される。

それ志願の湯川氏は、一度ならず二度も失敗して、あまりにも使えない。
その上司・指導役である後藤氏だから、その責任を取るために、身柄を引き取りに言ったのだろう。

報道はされていないが、湯川氏・後藤氏は湯川氏の一回目の失敗以前からの知り合いなのだ。その関係は案外深いのだろう。

そして、騙された。つなぎ役のマスコミは大慌てだし、日本版NSCの実働メンバーなら、その詳細などは外務省も公表できない。



警察は一枚目の動画に関しては「傷跡は見られない」と発表したのを受け、マスコミなどは「傷が無い=本物」と解釈させられて、後藤氏湯川氏は同時刻に存在した事と解釈するように心がけたようだ

たが、警察が言う「傷跡}は、コラージュとは違い、動画には最初から生じないので嘘は言っていない。マスコミの解釈に任せたのだろう(笑)。

今政府が一番頭が痛い事は、日本版NSCの初動実働メンバーがドジったこと。それが明らかになる事で、2014年に設置された「国家安全保障局」。日本の「国家安全保障戦略」と新たな「防衛計画の大綱(防衛大綱)」の実行に陰りが出る事だろう。

仕方がない。まだ日本は初心者なんだから。人材もそれ相応に訓練・教育していけばいい。野党はほら見た事かと言うに決まっているが、それはいつもの事だ。むしろつんぼ桟敷で訳が判らない現在の支持者に不安を持たすことの方が障害になる。

今は説明すべき時ではないが、適当な時期を見はからって概略を話る方が良い。
という事を妄想した(妄想なんだってば)。

だが、マスコミはとことん使えない連中だなぁ。今回もマスコミが一番先にドジをこいている。
ーーーーー追記
後藤氏を殺害する様な動画がupされた。
異国・大学・や画像専門家には合成だとの話も・・・
だが、本物と政府は言う。

国としての・・・スタンス・・・ そうしておきましょうね。

--------追記 2/15-------
グロ写真?いや、作り物ですから・・・
http://www.asyura2.com/15/senkyo179/msg/206.html

湯川さんの写真

頭と身体の大きさの比。
腕の関節の不自然さ。
土と体(衣服)との馴染み方がオカシイ
後藤さんも同じような内容

2015/01/28

記事紹介:イスラム過激派の脅威 「テロ思想」強まる拡散懸念 池内惠 【日本経済新聞:2015/01/27】

《イスラム過激派の脅威 「テロ思想」強まる拡散懸念 池内惠
【日本経済新聞:2015/01/27】
 
 フランス・パリでの『シャルリエブド』紙襲撃事件やシリアとイラクでの過激派武装組織『イスラム国』の伸長、そして邦人の人質略取と殺害通告・脅迫が続き、イスラム世界と理念にどう向き合うかが、国や社会、個人に逃れられない課題となっている。

2014/10/06

4年に一度の“アジア最大「スポーツの祭典」

開催地:韓国・仁川

競技種目数:36競技439種目 (オリンピックの競技数は26競技302種目(ロンドン五輪))

開催期間:2014年9月19日~10月4日(※男子サッカーは先行して09/14(日)夜7時から開幕)

◆実施競技◆


  • 五輪種目:水泳・アーチェリー・陸上競技・バドミントン・バスケットボール・ボクシング・カヌー・自転車競技・馬術・フェンシング・サッカー・ゴルフ・体操・ハンドボール・ホッケー・柔道・近代五種・ボート・ラグビー・セーリング・射撃・卓球・テコンドー・テニス・トライアスロン・バレーボール・重量挙げ・レスリング
  • 非五輪種目:野球・ボウリング・クリケット・カバディ・空手・セパタクロー・スカッシュ・武術太極拳

実施競技に関しては2011年に東京で行われたOCA総会で決定され、オリンピック競技28競技(ゴルフ・ラグビー含む)、独自競技8の合計36競技で行われる。

2014/10/03

仁川アジア大会の失敗・事件のまとめ



沢山あったようです。

  1. 売れ残った開会式のチケットを商店が抱き合せで無料配布 
  2. 開会式の「WELCOME」花火の点火がぼやけ「HELL COME」(地獄が来た)と表示 
  3. パンフと放送で日本を「周辺国とトラブルを起こす問題国」と紹介。政治を絡め国際試合大会憲章に違反 
  4. 開会式日本選手団行進に韓国人観衆が「帰れ」「死ね」と一斉ヘイト、中継ではそれらの観客席を映さず 
  5. 22階建選手村で外国選手の部屋はエアコン未設置、浴室やエレベーターが故障、寝具も不潔 
  6. プレスルームの一部に電源やネット回線は無く、WiFiもパス未公開、発展途上国記者はケータイで記事配信 
  7. 選手用弁当からサルモネラ菌検出、大量廃棄処分 
  8. サルモネラ菌弁当に代わるパンと牛乳を数時間後に配布する虐待措置 
  9. アーチェリー会場で出された弁当が賞味期限切れ  
  10. 天候不順や事故ではなく、不手際により聖火が消える失態がバレる 
  11. 野球タイ代表チーム、球場の照明が点灯せず、係員対応怠り夜間練習が中止 
  12. 野球場で、盗んだ大会公式球に韓国人係員が、有名プロ選手へサインを強要し過ぎてボール不足に 
  13. 韓国と対戦した外国選手に観客から罵詈雑言、転倒に「ざまあみろ」と拍手喝采 
  14. 韓国選手が優勝する度に試合中大騒ぎして隣の試合を妨害、敗退すると挨拶無視のマナー違反 
  15. ビーチバレー会場に更衣室がなく、出場選手が簡易テントで着替え、丸見え状態 
  16. 女子エアライフル団体で優勝した中国が「重量超過」の失格判定、実はジャッジこそが無資格者だと判明 
  17. 重量挙げ表彰式でインドネシア旗を間違えて掲揚、抗議され「メダルを取り消すぞ」と韓国人運営が逆ギレ 
  18. バドミントンの試合会場で謎の停電、それを理由に後日の空調操作の原因へと誤魔化す 
  19. バドミントン、送迎の韓国人運転手が失踪、インドチームが選手村に帰れず45分以上孤立 
  20. インド選手団の半数はベジタリアンなのに食事が未対応、朝鮮式プルコギを出す 
  21. 大韓イエス長老会所属仁川教会、ヒンドゥイスラム教徒の選手をテロリスト扱い「地獄に落ちろ」と脅迫 
  22. カバディ競技の韓国人運営が賭博し摘発 
  23. フェンシング男子準決勝対韓国戦で、日本エース太田がいくら突いても効果点ランプが無反応 
  24. フェンシング男子で、日本選手が獲得したポイントを強引に無効化し、地元韓国の勝利判定に覆す 
  25. バドミントン会場で意図的と見られる空調のON/OFFを繰り返し、常に韓国側に追い風 
  26. バドミントン対戦組み合わせを密室で決定、韓国のみ有利なブロック構成にしたことが発覚 
  27. バドミントン会場のジャッジ席を一般人に売却 
  28. 競泳男子決勝前、日本選手スタート台の平衡感覚を歪ませて設置 
  29. バスケットボール女子でイスラム教徒の「ヒジャブ」を直前で着用禁止、激怒したカタールチームが試合放棄 
  30. 男子サッカー予選で関係者が賭博行為、八百長疑惑が露呈  
  31. 韓国のライバルチームのバスケット中国男子選手を、選手村のキッチンで就寝させる虐待 
  32. 馬術で日本選手団の競技中に、出場馬の嫌がる周波の音楽を流し走行を妨害 
  33. 大会ボランティアが食事や移動方法の「待遇がひどい」と大挙離脱も 
  34. 韓国人ボランティアは選手村へ自由往来し人気選手とのツーショット写真撮影とサイン集めに奔走 
  35. 選手村の食堂に韓国人不審者が侵入し逮捕 
  36. 大韓柔道会長が入館許可の無い知人3人を連れ「俺は王だ。会長は試合を中断もさせられる」と発言し刑事告発さる 
  37. 競泳日本代表の冨田尚弥が韓国報道陣のデジタル一眼レフを盗み韓国警察から事情聴取され、大会から追放処分 
  38. 女子バレーボール中継をしたSBSが自国向けテロップで「大韓民国」を「大韓日本」と誤表記 
  39. アーチェリー競技で、会場屋根に雨水が溜り崩壊危険発令、各国記者が退避する騒動 
  40. 競泳日本代表4冠の萩野公介が、決勝後の4日間で4回も作為的なドーピング検査に指名されていたことが判明 
  41. 香港紙が「大会の運営レベルは村の運動会程度」と酷評 
  42. 自転車スプリント競技後、大会組織委が日本選手のビクトリーランのみに「ロード車でコースを走るな」と罰金を科す 
  43. サッカー男子準々決勝対日本戦で、韓国サポーターがテロリスト安重根の肖像フラッグを掲示するFIFA規定抵触行為 
  44. パレスチナ重量挙げ選手、ネパールのセパタクロー選手と武術選手2人らが続々と行方不明 
  45. 卓球女子団体準決勝直前、日本チーム使用台の水平が傾き、ネットの高さも不正確だった妨害工作疑惑が発覚 
  46. 大会取材の各国メディア関係者専用送迎バスの車内で、韓国抗日ドラマを放映していたことが判明

色々あっても、韓国。乙!
何も言えねぇ・・


ソース http://www.news-us.jp/article/406341206.html

2014/01/24

村山・河野・安倍談話 原文

村山談話 外務省ページ 行間は僕が挿入

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)


 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。

 ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。


 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。

 政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。


 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

 私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。


 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。


 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。 




河野談話 外務省ページ 行間は僕が挿入

慰安婦関係調査結果発表に関する
河野内閣官房長官談話
平成5年8月4日

いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般の結果がまとまったので発表することとした。

  今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。

 慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

  いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。

 政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。






終戦70年 内閣総理大臣安倍晋三談話


終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
 そして七十年前。日本は、敗戦しました。
 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。
 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。
平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三